また彼の話〜?と言われそうだけれど、まあまあ、聞いて下さいな。
わたしの彼の家では、半野良の猫を飼っています。
ペルシャ猫と寅のあいのこです。
ふんわりふかふかの男の子。(猫年でいうとおじさんかしら)
わたしは犬派である。
実は猫は苦手なのです。
柴犬のあの愛くるしい目が好きなのだ。
けど、彼のとこの野良猫くんは別。
にゃーと言われてこんなに嬉しくなったことはない。
まるで猫バカ人間になってしまったようだ。
昨日、彼氏との電話で、
「猫を洗うとどうなるか」
という話しをした。
「まーお」
と鳴くらしい。
爪をずっと出しながら
まーお
と鳴いている猫を想像して、
わたしはなんだか猫がかわいくなった。
今度その、まーお を聞くために、
彼の家の猫くんを洗おうかな。
まーお
と言ってくれるかな。
しゃららん と耳元で音が鳴る
そう、新しいピアスを買ったのさ。
シェルでできていて、それはそれは大人チックで夏チック。
何げにずっと、欲しいなあと思っていたのでした。
人それぞれに好みはあるとは思うのだけれど、
わたしはどうも しゃらら と音が鳴るようなものが好きなようだ。
「このかわいい音をたてているのは、わたしだよ、ここにわたしがいるよ」
と誰にいうでもなく、そういう感覚になるのです。
目を閉じると しゃらら、さらりー と音がする。
自分が出してる、小さくて愛しい音。
大きな声でどなったり
大音量で音楽をかけたり
そんなことしなくても
ここで
この小さな耳元で
小さな音を、静かに聴いていよう。
小さな耳に、心地いい。
夏が、やってくるよ、と言っているみたい。
いつものように遠く離れた彼と電話をする
「今日は地球に存在する大きな生物のサイトを見ていた」
という。
彼は深い深い海の底では、どれだけ大きなイカがいるのかとか
淡水では大きな生物が育たないからネッシーはうそんこになるねとか
言っていた。
彼は変な人だ。
本当いうと、彼氏じゃなかったら変な人だと思う。
海には25メートルもある鮫が存在していて、船よりも大きいんだ、とも言ってた。
あと、この世に本当に存在しているのかがわからない、
雪男なんかを特集しているサイトを見ては、ふむむと唸っているようだ。
本当に変わっている人だ。
昨日は髪の毛をお母さんに切ってもらって失敗したということだった。
あまり身の回りのことについてこだわらない人なので、
すし職人のように(五分刈りってことさ)なっても構わないらしい。
わたしが構うってのさ。
でもそんなのおかまいなしに、彼はまるで、軽く口笛を吹いているように生きている。
自転している彼の周りを
わたしがまるで公転しているようだ。
たまに、
ずるいなあ
と本気で思うときがあるけれども、
こんな変な彼氏、いてもいいな、と思う。
でももうすぐ30ですし。
変なサイト見て喜ぶのはやめなさい。
今日はお医者の日だった
新しい薬を出された
わたしの病気はいつ治るのかな
先生に聞きたくなったけど心の中にいれといた。
ふううううー と深いため息
帰りの電車の中でふいに
YO−KINGの歌声がきこえてきた
きみのゆく道は果てしなく遠い だのになぜ 歯をくいしばり
きみはゆくのか そんなにしてまで
おっとお 今のわたしに聞かせたら泣くよ
でも頭の中でずっとリフレインしている
わたしは歯を食いしばりながら一体どこへ行こうとしているのか
そしてその先には何があるのか
一瞬途方に暮れた。
わたしの先にあるものは、なに?
でも 今 しか見えないものがあり
今 しか感じられないことがある
それは、決して無駄じゃない。
そう思いながら電車に揺られていた。
きみのゆく道は希望へと続く
その歌を信じて。
空にまた陽がのぼるのを信じて。
わたしが家でたばこを吸う場所は、決まって換気扇の下
単にベッドやら洋服に匂いがつくのがいやなだけなのだけれど
これが案外よくて
今では人のおうちに行っても換気扇の下を好んで吸っている。
なんかねー、安心できる。
そして、一本を吸う、ほんの3分たらずの時間の中で、たくさんのことを考える
ちょっとした哲学的なことやら、
明日は暑くならないといいなあとか、
この腕の太さは彼に怒られるなあとか。
まるでパブロフの犬のように、換気扇の下に立つとぽわんと思考モードになる
その時間がきらいではない。
ごろごろとしているベッドの部屋から、ほんの何メートルしか離れていないのに
なかなかよい場所がわたしの家には存在している。
喫煙家の友達が来ても、ふたりで立って換気扇の下で吸っている。
その、OLの給湯室のような情景もなかなかのもんだ。
(迷惑かけてるかもだけどね)
というわけで、わたしは換気扇の下が好きなのでありました。
まるで妊婦をかかえたお父さんみたいね。すこし笑。
いやはや、変な時間に寝てしまったもんだから、
なんだか寝付けなくなってしまったよ、困ったねえ。
フフフ。
夜更かしって楽しい・・・。
実は困ってなんていないんだよー。
何をしようかなーとわくわくしているんだよー。
久しぶりにDIVAでも観ようかな。フランス映画っていったらこれでしょう。
最後に、にんまりしてしまう、あのすこやかなHAPPY加減が素晴らしい。
それとも誰かに長い手紙でも書こうかしら。
こんにちは、お久しぶり。元気ですか?と。
ああ、そうしよう。それに決めた。
宛先は、最近元気がない実家のお母さんだな。
外では夏の、虫が鳴いている。
あじさいも美しい季節になっています。
日中は暑いけれど、夜は過ごしやすいですね。
口に出しては言えないけれど、愛していますよ。心から。
と伝えよう。
手紙を出して、受け取る人のいる幸せ。
手紙を書くことのできる幸せを、感じながら書こう。
わたしの小さなパワーが彼女に届きますように。
暑い・・・・。
壁の3面が大きな窓の家は暑い。
昼くらいに起きて
ぽんやりと鼻歌交じりにお風呂に入り、(今はまっているSalyuの歌を)
昨日買ったスコーンを食べた。
チョコレートが溶けていた。
梅雨が来るってんで 傘を新調しようかなあと思っていたのだけれど
梅雨はどこかに行ってしまったよう。
あまりの暑さにいつものカフェに避難した。
暑さのせいか、人通りも少なかったようだった
ノーメークで出かけたもんだから、
大きな、自分ではオードリー・ヘプバーンを意識したサングラスをかけていった。
暑くても、おしゃれ心を忘れてはいけませんからね。(ノーメークのくせに)
マスターと、ああでもないこうでもないと話しながら、
まるで座敷童のようにずっといた。
もうそろそろ帰ろうかなと思っていたところに友達が入ってきた。
開口一番
「その 都蝶々 みたいなサングラスは何?!」
と。
わたしのオードリー・ヘプバーンが・・・。
今日は金曜日。
ということは明日とあさってはお休みということ。
なんだか今日はとてもそれが嬉しくて、
昼休みの頃からテンションが上がっておりました。
このお休みは、彼にも会えないし、特に行くところもないのだけれど、
なぜこんなに嬉しいのかな。
毎日働いていると、それなりにいやなこともあるし、
今は体がいうことを聞いてくれないから、しんどいことが多い。
だからこそ、この お休み ということが余計に嬉しく感じられるのだと思う。
毎日お休みの人にはわからない、この嬉しさ。
がんばって働いていて良かったと思う、金曜日。
幸せなんて探しゃいくらでも見つけられる。
駆け足で毎日は進んでゆくけれど、
それを一瞬スローモーションにしてみて。
そこに、小さな宝物がちりばめられている。
見つけるのも、見つけられないのも、自分次第さ。
ごくたまーに、半年に一回くらい、
大家さんから招集がかかる。
こちらが仕事中でも、おかまいなしに電話が来る。
「帰りにうちに寄りなさい。」
そのたびに、
「なにっ?なにっ?家賃は払ったよ、たしか・・・」
などという不安に駆られるのだが、
実はそんなことではないのだ
さくらんぼをくれるのだ。
そして、りんごの季節には、りんごを。
心配して損したよ、という気持ちと同時に、ひゃほー!と思う。
今日も招集がかかったので伺った。
冷たくて、甘ーいさくらんぼ。
ふたごのさくらんぼを探して楽しんだりしよう。
ひとりでも、ひとりじゃないね、わたし。
今日は何を書こうかと帰りの電車で思う
けどなあんにも思いつかなくて、
どうしようかなあと思いつついつものカフェへ
入ってみて、なんか静かだなあと思ったら
誰かの持ち込んだ Deep Blue のDVDをみんなが観ていた。
深い深い青。
静かで深い海の底。
ああ、イルカになりたいなあとか
ああ、くじらになりたいなあとか
思いながら、ホットサンドを食べた。
ペンギンは寒そうだからちょっといやだなあ、とか。
海の生物は深い深い青の中で生きていく。
わたしはたくさんの色の中で生きている。
どちらも生きるか死ぬかの生活には変わりない。
たくさんの色の中で、たくさんの色を思い、
たくさんの毎日を過ごす。
がんばろう、お互い。
イルカも、鯨も、クラゲも、わたしも、ね。
精神論をとなえるつもりは毛頭ない
ただ、自分は、自分の目で見て耳で聞いたことしか信じない
信じないというのは大げさか
根っこのとこは、そういうことだよってことです。
泣き 苦しみ 笑い
お友達から例えば相談やら何かを受けたとします。
わたしは、わからないことは それは、わからないといいます。
わかることは、わかるわかる、といいます。
大切な人にたいして、嘘はつきたくない。
病気をしてから、人より少し違う目線でものを見られるようになった気がします。
少ーしだけ、 わかるわかる といえることが多くなったように思います。
今こうして自分が戦っていることは、無駄ではないということなのでしょう。
つらいよ、逃げたいよ、と思っていることも無駄ではないことなのでしょう。
戦え と、目にはみえないものがわたしに課したのでしょう。
きっと、いつか ああこの為だったのか と思える日がくるのでしょう。
わたしはその いつか がくるまで戦い続けなければいけません。
逃げてはいけない時というのは存在する。
そして、わたしは、今が、その時なのだと、思うのでした。
というわけで、本日は仕事を休んだ
こういう日もある。
薬が体に合わなくて仕事どころの話しじゃないのだ
本当はわたしは強虫である
弱虫ではない。
なんとかなるさあ!どうにかなるさあ!と思って28年生きてまいりました。
今は なんとかポケットに入り込んでいるだけである。
(お母さんが言ってた。なんとかポケットっていうのがあるって)
下を向いて歩くより
前を向いて歩く方が性に合っているし。
無駄な事ってのはないって思っているし。
要はけっこう楽天家だってこった。
楽天家はこういう病気にはかからないのかしら?
はてな?
今日は、なんと初めて絵のオファーがきて、その納品日でもある。
手放しでうれしい。
これからプリントアウト。
つーか 仕事は半分ずる休みだな、これ。
地元のカフェで月1のライブの日
みんな楽器や歌を持ち寄って
歌い 笑い 時には踊り
いつもはボサノバを歌っている富永くんが
今日は突然 さよならColor を歌った
時が止まったように
わたしのどこかで ぱちん と音がした
今 体が求めているものは
勝手に体が反応するのだなあと思った
黙っていても。
見ぬふりをしていても。
体のやりたいように、まかせていたら
少し、涙が出てきた。
そうかそうか、わたしは少し、泣きたかったのだなあ。
息を吸って はいて
また
息を吸って はく
それだけのことが 困難になることがある
呼吸をする 意味 を考えてしまって
うまく呼吸することができなくなる
思考が止まる
えーと、えーと、わたしは何をしていたんだっけ?
深呼吸
落ち着け 落ち着け
鼻から吸って 口から息をはくんだよ
それだけのことだよ
大丈夫、大丈夫
わたしの中の神様が、そう、教えてくれる
大丈夫、わたしは、大丈夫。
今日はジュースを買いに外に100メートル出ただけで
ずうっとおうちの中にいました。
プチひきこもりってやつだ。
昼間の日差しが入ってきて、
気持ちよくなって 昼寝をした。
起きたら汗をかいていた。
それから絵を描いた。
花嫁さんの絵だ。
花嫁さんの写真を撮るような、そんな仕事がしたい。
あと、司書資格を取って図書館の司書もしてみたい。
28才のわたしなのですが
夢見がちだ。
まるで昼間みた夢のように。
実家の母から最近毎日電話がかかってくる。
わたしの体が心配なのだ。
わたしが心の病に少しかかっているからだ。
心の病は目に見えないからなかなか治るのに困難を要する。
なんだかジグザクした日記になってしまったけれど。
まあ、つれづれなるまま、つーことで。
明日がきたら明日のなるままに。
ありがとう、と思って精一杯生きるのみだ。
なんとかなるでしょ。
なるようにしかならないしね。
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせてサ。
体の調子が悪そうだねえと
朝 彼から電話が来た。
わたしのブログを見て、心配してくれたようだ
なにも言わないのになんでわかるんだろう?とちょっと嬉しくなったがすぐに
「僕は、ようちゃんのおなかなんかいらないよ」
「え」
「ブログに、わたしのおなかは彼のものだ、って書いてあったけど
そんなぷにょぷにょしたおなか、もらった覚えはないね」
「・・・・。」
辛口なのだ。
メンテナンス長引かせやがったので(まあ怖い女の子だこと。)
今日は、昨日の分も併せて二個書いてやろうと思う。
この挑発的な態度は、誰に対してのものでもないサ。
エキサイトの人もまあがんばったのだから許すか。
というわけで、飽きもせずふたつめのおはなし。
自分の好きな人について書いてみようと思う。
「好き」とは何かと、思うときがある。
自分の方が大きいのではないかと思ったり、
やっぱそうでもないかな、と思ったりする。
1秒ごとに違う。
彼氏と彼女、という間柄ではあるが
心から全部安心できることなんて、そうないですよね。
そんなことないかな?
いつも、どうしてだろうとか どうしたらよいのだろうとか
考えている気がする。
わたしは、とても好きです。だからこそ怖くなったりするよ。
好きじゃなければこんな不安になることもないのにと 思ったりもするさ。
自分の精一杯をぶつけることがいいことなのか 悪いことなのか もわからなくなる
好きな人がいるってことは、とても幸せなことだけれども、
同時に試練でもあるなあと、思う。
まるで見えない何かと戦っているようです。
自分が弱っちいのではなく たぶん 当たり前のことなのだろう。
自分より大切なものができると
大変だなあ。
「おれの腹は空くためにある」
と 帰りの電車で聞こえてきた。
アシックスのスポーツ・バッグを持った頬ににきびのある男の子だった。
ふうん
と思ったけど、なんとなく気になって、
「わたしのおなかはなんの為にあるのかなあ」と考えた。
にきびの彼のは、空くためにあるらしいが
わたしのおなかは
たぶん触られるために存在してるのかもなあ。
彼氏に触られて、そんで意見されるためかもなあ。
いつからわたしのおなかは自分のものじゃなくなったのだろう。
いつから人のものになったのだろう。
ある日ひとりじゃなくなった、21くらいの時からか。
不思議なものだ 自分のなのに自分のじゃない。
電車から降りて、にきびくんのことを思った。
彼は次、電車で
「俺の腹は」の続きをなんというのかな、と。
その時はきっと、アシックスのスポーツ・バッグは、きっと持っていなく
となりにはにこにことした女の子が座っているのだろうと。
わたしの住む街に、
おそろしくおいしいココナツプリンを出すcafeがある。
28年生きてきて、それこそ何千個と(おおげさ)プリンを食してきたけども
ここのは 特別だ。
いつもぐんにゃりしているマスターだが
こんなにうまいもんを作れるのかと 内心、尊敬している。
そしてそのココナツプリンは、特別な時しか食べないと決めているんだ
何でか知らないけど、そういう崇高な存在ですらあるのだ。
小さくて、少しずつ食べるんだけど、ちょっとずつなくなっていく様は悲しい。
この小さなプリンの中に、わたしの喜怒哀楽がつまっているのだ
とにかく大声で おいしいよーー と叫びたい。
今までマスターにはそのことを意味もなく内緒にしてきたが
今日、告白してきた。
ルンルンと喜んでいた。その姿がまた喜ばしい。
今日は、特別な日ではなかったから、プリンは食べなかったけど、
今度は、特別なことを用意して
食べに行こう。
そうして 幸せになるのだ。
小さいけど、確かな幸せって、いうやつ サ。
自分が弱ってるとき。
この重さを支えてくれる、誰かがいる幸せ。
それは、大切な彼だったり、
それは、同じ街の友達だったり、
それは、まだ見ぬ友達だったり。
自分だけが苦しいんじゃないよって、背中を押してくれる
疲れたら、ゆっくりお休み と言ってくれる。
がんばれ、でもがんばりすぎんなよって言ってくれる。
黙って、そばにいてくれる。
ありがとうとしか言えないわたしは、
誰かの何かを支えられているのかな
誰かの背中を押してあげられてるのかな。
お返しを望む友達じゃないの。みんな。
涙が出るくらい優しいの。
まるで、わたあめの中にいるような、居心地のよい。
ありがとう、ごめんね。
今はそれしか言えないけれど。
今は、この体を あずけることしかできないけれど。
「海辺のカフカ」
これである。
誕生日に大切な友達からもらった。
ずる休みしておいて
本に没頭している
これ、いいっすよ。ほんと、まじで。
昔から村上春樹好きのわたしだが、また火がついた
たぶん、今わたしに触るとやけどするぜ・・・。
病気がなんだ!!あほめ!!←自分に言っている。
海辺のカフカ、下巻突入。
いいとこだぜっ!!おらーっ。
とまあ、熱く書きましたが、
よろしかったらみなさま、読んでみてくださいませ。
それでは、失礼致します。
これから、ページめくらないといけないものですから・・・。ホホホ。
ルルルー。
会社を休んだ。
そう、ずる休みである。
心の具合が悪いので ずる ではないか。
元気で生きていたいけど
でも生きるのって大変。
いや、死にたいとかそういうんじゃなくてね。
生きていくにはたくさんのいろんなおまけがついてくるから
そのおまけは欲しかったものだったり
全然欲しくなかったものだったりするから
それを分別するのって大変だなあと。
いらないものでも勝手に体にくっついてきたり
心に入り込んできてしまうでしょう。
それがやっかいだ。
元気な時には見えないものが
今は鮮明に見えている
まるで魚眼レンズでも付けているように
端々までよーく見えている
この感じ
無駄ではないのでしょう、きっと。
あとから、
いつかは、
笑えるときがくるのでしょう、きっと。
今は、じっと タオルケットの中で 耐えるだけ。
自分でもどうしてよいかわからないくらいの
小さな小さな こころと からだです。
ここから先はゆめのはなし。
妄想入ってます。
上司とか部下とかいなくて
胃がきりきりしたり 頭がぼーっとすることもなく
今飲んでる薬も飲まなくて良くて
今通っている医者にも通わなくて良くて
それなりに生活できて
楽しいことと
好きな人に囲まれ
たまに一瞬いやだなと思うことがあって
(なぜならそれがないと日々の幸せも見落としそうだからね)
彼がわたしよりもわたしにメロメロになって
写真を撮ったり 絵を描いたり 歌を歌ったり
将来に不安を覚えることもなく
毎日 ただ穏やかな気持ちで過ごし
本を読みあさり
体も心も丈夫であり
前だけを向いて歩く。
そんなの、やっぱり夢だよね。
持病のせいか?この妄想。
仕事の日と間違って
思いっきり6時に起きた。
しかもあせって起きた。
習慣とは恐ろしいものだ。
眠い目をしぱしぱさせて、まんがみたいに布団からがばっと起きて
それから言う 力なく。
「日曜じゃーん・・・・」
ひとりごとが多くなる
「寝れるんじゃん、あーもう 二度寝だ」
しかしなんだか今日って妙に暑くないっすか
二度寝もできずにグズグズしてたらこんな時間だ。
さて、お風呂入って、海辺のカフカの続きでも読みますか。
休みはあと半日しかねーぞ!自分!
土曜なのに仕事かよ〜・・・などという愚痴も吹き飛ぶ、素晴らしい出会いが。
しかも一度にふたりの方と!
素敵な女の人と素敵な男の子。
新しい出会いというのは、まるで宝物のよう。
びっくりとか、そうそうわかるーとか。
あらゆる五感がはたらいて。
あとから思い出してにやにやしたり。
一歩踏み出して 一歩踏み込んで。
少しの勇気とたくさんの好奇心があれば、宝物は手に入る。
わたしは新しい出会いという宝物を手に入れた。
この宝物はしまっとかないで
見せびらかしちゃう。どうだ!ってさ。
誰に対してじゃないけど、
ありがとう。
と言いたいです。
でもやっぱり、うめちくんとchiaさんに・・・。
ありがとう!
これからも、よろしくです。
小さなコミュニティの中で
ひとりで戦っていた人がいた
いつも にこにこして
愚痴もこぼさず
わたしは何もできず 気づかず
ただ 甘えて
ただ 笑い合っていた
やめないで。
やめないで。
そばにいて ずっと一緒にいようよ
こうやって。
つらいこと いやなこと なんでも言ってほしいよ
一緒に戦わせてほしかったよ
ごめんなさい
ごめんなさいと 心の中で。
大きな大きな世界の中の、
小さな小さな、わたしの、仕事場での、おはなし。
仕事中 急に思い立って
帰り道に映画を観てきた
恋が少しずつはじまってゆく 映画だ
・・・すごくよかった・・・。
(トイレが近い自分を少し恨んだが)
まさか飛び込みの映画で自分がこんなにセンチメントな気持ちになれるとは
恋の始まりのどきどきと
くるしさと
どうしたらよいのだろうという 胸の痛み
胸にこう、クウ〜っときた。
映画が好きで
前はよく観に行ったものだが
今の病気になってから めっきり足を運ばなくなった
夜の映画館自体 久しぶりで
「おかえりなさい」 と言ってくれているようで。
「ただいま」 と言って観た、映画がまたよくて。
こんな平日の なんでもない一日が
最後の最後で なんでもなく なくなった。
ああ、なんて嬉しくて切ない(映画がまだ尾をひいているのだ)。
素晴らしい気持ちで
お風呂はーいろっ。
ルンルンルー
今日は洗濯日和
朝起きて お風呂に入って 洗濯機をまわして 干して
一連の動作をぱぱっとやって出勤さ
自分の毎日はこれでいいのかと
たまに思ったりするけど
たぶんこれでいい
今は。
昔から
今はこれでいい と思って生きてきた。
今はこれしかできないけど、 けどいつかは と思って。
だけど
いつか は いつもこっそりやってきて
「これが待っていた いつか なのだ」と気づかせてくれない。
わたしのいつか はいつなのかしら
小さな頃待っていた いつか に今、わたしはいる?
こうやって 足りない足りないと思いながら
生きていくのだろう。
こうやって 自分を変えていくのだろう。
わたしの いつか は
どこに ある?
週末に来てくれていた彼が帰った。
昨日はおまけでいてくれていた(わたしは仕事だったけど)。
昨日の夜は はじめの一歩で燃え上がって
ジャブなどをしていたが
わたしのジャブを受けてくれる相手がいないと やる気も半減だ
(そんなことじゃ一歩になれないぞ!)
仕事から帰って、今まで彼がいたんだなあという痕跡を見つけるのが嬉しい
たとえ便座が上がっていても
ゴミ箱の位置が変わっていても
わたし以外の存在の跡があると、ほっとする
きちんと布団がたたまれていたり
お皿がちゃんと洗われていたりすると
なんだかおかしくて嬉しくて あはは と笑ってしまう。
いてくれてありがと。
でも はじめの一歩は持ち帰る約束でしょ!
こんなのあったら読んじゃうじゃん!
なんて題名つけたら、まるでロマンティックだが
わたしのいう一歩とは ボクシング漫画の方だ。
高校の時に漫画ではまり
10年たった今
今度はアニメにはまっている。
彼氏相手に
ジャブやらアッパーカットなどと好き勝手やっている
もちろん自己流だ。
「一歩にだってできたんだから」
これが口癖
本当は、Excelを習いたいと思っていたのだが
今ではもはや
ボクササイズを習おうとさえ本気で考えている
なわとびは苦手だけど大丈夫なのか とか
毎食レバニラ定食なのか とか
けっこう真剣に考えている。
強くなったら、その先に見えるものって何だろう?
なんていうようなことも しゃあしゃあと考えちゃっている。
まずは、走るか!
いい汗かけよ、自分!
きゃはは!
帽子が好きだ
帽子ならどんなのでも大抵かぶる
そうして、いつも不思議に思うのだけど
帽子の形で人柄が少し変わる
(みなさんは変わりませんか)
CAPをかぶると きもち乱暴者に
ハンチングは 少しイタリアンに(ボーダーが着たくなる)
ぐっ と帽子のつばを下げて とっとこ歩く
きらいな人混みでもへっちゃらさ
電車で変な人が乗ってきても目合わせないですむし
ほんの5センチたらずの 自分の防御壁
あらま そうするとだよ、
帽子は自分を守るためにかぶっていることになるのか?
そうなのかしら
でも
この大きくて広い世界で
自分 を見失わないためのひとつの道具であるのかも
自分を守り
そして
ちょっとだけ社会をシャットアウトできる
見たくないものを 一瞬だけ 見なくてもすむ
今日も帽子をかぶり
大股で歩く
シズシズと歩く
自分を守って
少し自分を気取って サ。
雨が降るときが 体でわかるようになった
節々が痛むとか
髪の毛がうねる
とか そんな生半可なことじゃない
吐くのだ
オエーと
実はここで明かすのは初めてなのだが
わたしは持病があり、
たぶん持病の 延長というか
おまけなのだろう。
これから梅雨に入ったらどうしましょ
毎日オエだ
今日なんかせっかくのお休みだっつーのに
寝ていた、ずうっと。
だって曇りのち雨ってのが一番体にくるからさ。
低気圧よ 去れ 去れ と
祈りながら 過ごしていた。
ここ一ヶ月ずうっとそんなだ。
雨も雪も風も なんのその だったわたしはどこへいったのだ
でも
負けたくないという気持ちでいる
これは戦いだという気持ちでいる
雨の日は戦い。
誰も知らないけど
雨の日はわたしは戦っているのだ
たくさんのことと。
自分と。
あなたのその手を
手に取りたいと 思って
すぐに触れられるという幸せ
あなたの頭を
かきむしってしまいたいと 思って
すぐに髪をぐしゃぐしゃにできるという幸せ
小さなように見えて
実は
大変に 意味のある 大きなことでしょう。
したい と思って
できる ということ。
わたしは今
となりで 一緒に寝たい。
思ってすぐに
できる という 大きな幸せ。
さて、もう寝ましょうか。
大きくて、小さな、幸せと一緒に。
さてと。
今日は彼のお誕生日だ
29だ にく にく
久しぶりに会う彼はすこし
おでぶっちょになっていて
でもそのおなかが好きだったり
昨日はわたしの誕生日だったため
今日はふたりの合同誕生日会。
ケーキを買って、シャンメリーを買って(彼は下戸なのだ)
準備オーケイ。
お酒を飲みたいわたしはひとり 焼酎なのだけど。
28になっても、29になっても、もっともっとなっても、
よろしくお願い致します。
と本人には恥ずかしくて言えないことを今ここで内緒で
こっそりと
書いておこう。
みなさま、彼の代わりにわたしの気持ちを受け取ってください。
なにかの足しになるかもよ・・・。
なんの?
28才のわたしが、ここにいるだろう。
というわけで、これは27才最後の日記になるわけ。
かといって 別段なにが起こることもなく
平穏でいて ばりばりと残業などをする一日でした。
(そしておそらく明日もね)
わたしは、「誕生日を喜ぶ年でもないけどねー」などとは言わない。
素直に 嬉しいなあと 感じる。
わたしの実家はなにせ 誕生日だークリスマスだーと
イベント事が好きで、小さい頃からわいわいと家族で歌を歌って
ケーキのろうそくの火を消していた。
だもんで 今はひとりぼっちだけど
明日になれば
ひとりでひっそりと心躍らせながら
おめでとう よくがんばったね これからもがんばるんだよー
と言うことでしょう。
たぶん、そう感じられるように育てられたことが
一番のしあわせだったりするのだ
本当は 誕生日にはおめでとう ではなく
わたしにとっては
ありがとう の日。
明日になれば 28です。
明日になれば 何か変わるかな?
わたしの彼は語りべだ
まるで
まるで今映画をみているように話す
わたしが見逃したテレビや映画のあらすじを
とてもうまい具合に話す。
「えーっとね、そんでね」
と 始まれば
わたしは受話器を片手に 彼の語りっぷりを聴く
目をつむるとそこには
草原が広がったり
宇宙が広がったり
怖い怖い世界が広がったりする
「そんでね、その人がこう言ってね」
「ふんふん」
と、毎夜のように続けられる彼の映画の話
ゆっくりと
たまに入るわたしのちゃちゃもなんのそので
WEBデザイナーという職業でなければ 語りべに転職してもいいのでは
とわたしが思うくらい心地いい話しっぷりだ。
夜な夜な彼の 映画話を聴きながら寝る というのが
最近のわたしの夜の、終わり。
素晴らしく贅沢な一日の、終わり。

つれづれなるまま、日々のこと。たまに絵や、写真を載せます。のんびりと、気分で・・・。