ひとりのわたしは頑固です
なんだかんだ言って母親に似たのか、
誕生日はこうでないと!
クリスマスはこうでないと!
正月はこうでないと!
的な感覚が根強いみたい。恐るべし血縁。
そんなわたしは当然(?
クリスマスはケーキを囲んでびっくりプレゼント交換派です
・・・・・てクリスマスは終わっちゃったよねえ。・・・時差・・・?
ところが今年はなぜか江ノ島神社へ
理由:クリスマスに江ノ島神社行く人なんてそういないだろう、という
彼の読み。
そ そうだけどさあ・・・
まあいっか。
そうして江ノ電に乗って。
江ノ島着いたら着いたで盛り上がるわたし。
江ノ電ピンバッチを買ってもらいました = クリスマスプレゼント
しらす丼を食べて、神社に行って、お土産屋さんをひやかして。
江ノ島のつくりを知らないふたりは、最終的に恐ろしい急な階段を
登っては降りる、の刑に処されましたが
曇り空の隙間から降る太陽の光はとても美しかったし
寒い寒いと言いながら飲む缶のおしるこはおいしかった
言わばワタシタチは即席江ノ島探検隊で。
家に帰ってきて、それこそザ・クリスマスな母親からの
でかいプレゼントを開け(今年はまあすごい柄のあったかい毛布でした)、
ケーキも買わず
イモムシのようにそれにくるまる男の子がひとり。
「せめて書いて欲しい」と言ったクリスマスカードもなし。
さすがにさみしくなってこっそり泣いたりしましたが
後から見た写真には
笑ってるわたしと 彼の顔ばかりで
そうか
ふたり いるってこういうことかと
ひとりじゃないってこういうことかと
思って発見した、29回目のクリスマスだったのでした
関係ないけど今日は昔好きだった人の誕生日だわ
変な日に生まれてくれちゃったもんだから、たまに思い出してしまう。
去年の年末は実家でお姉ちゃんとケンカ
一昨年の年末は彼の実家で熱出してダウン
その前は・・・
どうしてたっけ
忘れてしまった
今年も上越新幹線の切符を買いました
もう新潟は雪が降っているそうで
一体何を着て帰ろうかと
どうせ向こうに帰ったらお父さんの黒い長靴履いて過ごすのだろうし
そうだ
わたしは実家に帰ると化粧をしない
すっぴんでうろつく
でもどうせ
帽子とマフラーで固めるので
外にでるのは目だけだからあんまし関係ない
マフラーから白い息をハッハッと出しながら
カメラを持ってひたすら歩く
自分の歩ける範囲だったらとにかく歩く
鼻先が軽い凍傷みたいになり動きにくくなる
鼻をむずむずとさせながら歩く
元旦に本屋に行くのが好きだ
道路に誰も歩いていない
なんだか自分だけだ
でも家に帰ると石油ストーブの匂いが待っている
そういう年の瀬が今年は待っている
今年も 待っている
しずくがポトリと落ちる音が聞こえた
うん これは空耳じゃないみたい
わたしの手ですくいあげられるかしら
胸がグっとする
こういうのってあるのだね
距離とか
そういうの飛び越えて
抱きしめるといういこと
感覚でうごくということ
もう一つの感覚がはたらくということ
わたしの触角はまだ衰えていなかったみたい
しずくは 少し落ち また少し落ち
ポロポロと したたり落ちてゆく
届いただろうか
弱いわたしの念が
届いただろうか
わたしのテレパシーが
届いただろうか
わたしの 抱擁が
どうぞ しずくよ、
甘い甘い 夢になって。
久しぶりなので いろいろありました。
泣いたりうずくまったり笑ったり、忙しくしておりましたよ。
ふたつ書こう。元気があったらね。
一つめです。
久しぶりに驚いたこと。
仕事が終わって、駅に向かって歩いてたわけですよ わたしが。
品川駅の構内はいつものように混雑していて。
わたしのちょっと前を、ベビーカーをひいた女の人と、
その少し後ろを4才くらいの女の子が歩いていました。
紫色のかわいい毛糸の帽子をかぶっていて、
かわいいねえ などと思いながらわたしが見ていると
その子が手に持っていたビニール袋を手から落としてしまって。
(彼女はスキップとかしてたからね)
おっ と思ってわたしが拾い上げて渡してさ。
「アリガトウ」と彼女は言ってわたしから受け取って、
「ママー!」と大声でお母さんを呼びました。けど
お母さんはもう聞こえてないかのようにズンズン歩いて行ってしまっていて
おお、母は強いなあ めったなことじゃ振り向かないね
などと 思いながら見てたんだけど
その女の子が何回呼んでも振り向きもしないわけですよ。
おいおい ちょっと、さすがに待ってあげなよ と思いながら
その子と一緒にお母さんのとこまで行ったのね、
「ママ!」と子どもが跳びはねて初めてお母さんは気づいたのさ。
なんでだと思う?
お母さん、おっきなヘッドホンで音楽聴いてた・・・。
その子は、いつものことよ!みたいにハミングなんてしてたけど、
さすがのわたしも これにはあきれたというか
母親のヘッドホンはずして「てめーは子ども生むな」と言ってやりたくなったなあ。
(言わなかったけど そこが弱いとこス
でも、かなりの至近距離で眉間にしわ寄せて
母親の頭から足の先まで何度も見てしまった。
その人は不審そうにわたしのこと見てたけど、んなこたあどうでもいい。
いつもは大抵のことはチラ見して「ああはなるまい。」とやり過ごすとこなのだけど
さすがにこれはちょっと、というかだいぶ腹が立ったなあ。
もし、わたしが頭の変な人だったら?
もし、わたしが連れ去り事件を起こしたら?
でもその子の目の前を歩いている母親は気づかないのよ
「助けて」の声も なにもかも。
すげー怖い。と思った。
こういうことになっちゃってるのかい、と思ったよ。
自分の子どものハミングよりも聴きたい曲って何?
教えて下さい。
わたしの中で何十回目かの村上春樹ブームが到来している
今はずいぶん前の「村上朝日堂」を読んでいます
お気に入りのブックカバーをして
初めてこの本を読んだのは高校生の時
となりで男の子が話しているような感覚になった
今 読み返して気づく
村上春樹が30前半で
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を書いたということに
驚いて腰を抜かす 社食で読みながら「ぶはっ」と言った。
わたしは物書きの人のエッセイがどうも苦手なのだけれど
この人のだけは別 大好き。
これから今年の冬や来年のはじめもきっと村上春樹フェアは続く
今は序章ってやつだ ピース。
さて 何から読み始めましょうか。
わたしは ものをかなり知らない方だ
生きてゆく中で知らなければいけないことなどを
かなり見落としていると思うような気がする
わたしは写真を撮るのが好きだけれど
好きな写真家という人がいない というか知らない
写真家、というより「写真」を好きになるのかもしれない
いいなあ と感じる写真があれば誰の撮ったものだってよいでしょう。
藤代冥砂という人のことも おとといくらいまで女の人かと思っていた
この人のラブ・レターのような写真を手に取った
今 流行っているようだった。
思いが伝わればいい と祈るような写真たちでした
でも唯一 しんちゃん、という男の子の撮る写真は、有無を言わさずに好きだ。
好きな画家はたくさんいる
谷内六郎
いわさきちひろ
酒井駒子
長 新太
荒井良二
大好きな絵は1日眺めていてもいいと思う
近くに寄って 遠くから 横目で ながまりながら
一緒にいたい、と思う
谷内六郎展の時は1日会場に居座った でも足らんかった
いわさきちひろ美術館には2日連続で行った
「ああ なんて好き。」というハッピー。
谷内六郎のカレンダーは職場で使うことにした
さっそく デスクに取り付けた今日は、ニヤニヤ。
どうやらわたしは熱が出るようです
わからないけれど とても寒気と吐き気がして会社を早退した
まるでカレンダーを取り付けに行っただけのような日だ。
どうにも忙しいので明日までには回復させなければならない
わたしはいろんな病気に好かれているみたいだ。
もうちょっと違うもんに好かれたい。
自分の街に着いて なぜだかケーキを2つ買った
それからトイレットペーパー。
新しいシャンプーで髪を洗った
部屋着を何枚も重ねて着ている
本当はもうお布団に入って寝なければいけないのでしょう
さっきパブロンを飲んだ
少し熱もあるのかもしれない
何を書いても どこまでも話したい気持ち。
目をつむるときも
目を覚ますときも
ひとり。
風邪というのは いちいちそういうことを再確認させる。
いつの間にか12月になっていたので
とりあえず一筆書こう。
わたしは、変なところで固執しているところがあって、
カレンダーはこれ!と決めています
絵本「こぐまちゃん」のと、
谷内六郎のと、
蜷川実香のと、
中川李枝子と山脇百合子の
やつです。
こんな狭い部屋になぜこんなに・・と思うけれど、
こう決めちゃったもんだから変えられない。
性格です
そうです 頑固なんです。
今回はどうも蜷川実香のが見つからなくて
横浜美術館まで問い合わせてしまった
無事 今わたしの元へ。
カレンダーを取り替える、というのは
とても厳かな儀式だと思う
大抵その頃は実家に帰っているから、
実家のカレンダーを貼り替えるのだけれど、
空気がピリリとしていて 好きだ。(寒いだけという説もある
あと少しで今年も終わり
2007、と書かれたカレンダーも準備したし
あとはのんびり年越し待ちます。(掃除とかしろー

つれづれなるまま、日々のこと。たまに絵や、写真を載せます。のんびりと、気分で・・・。